2011年1月10日

クルードなプレカーサー


分子整合栄養医学を学ぶとクルードなプレカーサーという言葉が何度も出てきます。「クルード」というのは「天然の、ありのままの、加工していない」という意味で「プレカーサー」は「前駆体=活性化される前の形」という意味です。

 単に天然由来といっても効果や安全性は様々です。真の天然物とは口に入る段階で含まれる栄養素が天然型=体が利用できる形であることが条件です。もともと天然物を使っていても保存性を良くするために誘導体をつけたり加工したりすることによって、出来上がったものが異物として排泄されたり効果が弱まったりすることがあります。合成ビタミンEはd体、l体という光学異性体が半分ずつ混ざっていて、体が利用できるのはd体のみなので半分は「異物」として捨てられます。また、薬のビタミンEは保存性を良くするために―OH基をエステル化しているので抗酸化作用は大変弱くなっています。一方、合成アスコルビン酸(ビタミンC)は天然と同じ形です。

 クルードには有効成分を抽出せずもとのままの配合で天然に存在するままの物質をすべて含むという意味も込められています。有効かどうかわからないもの、働きがよくわかっていないものも含んでいることに意義があります。

 クルードな成分では活性化の量やタイミングを自在に調節できます。たとえばビタミンAの代謝産物であるall-transレチノイン酸という物質があります。核内の受容体に結合して特定の遺伝子の発現を制御する重要な物質で、治療薬としても使われています。このレチノイン酸薬と複合的なビタミンA とどちらがよいかを考えてみましょう。レチノイン酸薬は「有効成分を抽出した活性型物質誘導体」、ビタミンAは「クルードなプレカーサー」です。まず薬はすでに活性化された形としてつくられます。すぐに分解しては効果がありませんから誘導体にしてある程度壊れにくくします。その結果、核に入る濃度は投与量に依存し効力を持つ時間が長くなります。それに対しクルードなビタミンAはそのままでは効力を持っていません(プレカーサー)。貯蔵細胞に待機し必要に応じて輸送たんぱく質に運び出され細胞内で活性化されて細胞内、核内にある受容体に結合します。このように多くのステップを経ることで核に作用する量や作用する時間がかなり厳密に調節されています。ビタミンAに限らず生体内の物質は常に制御されていて使う時、使う場所で必要なだけ活性化されることが安全性を保証しているのです。

 未知の物質を排除しないという意義もあります。我々にとっては未知でも生体は使い方を知っていて人知れず大切な働きをしているかも知れません。生体はまだまだ人智を超えた神秘を秘めています。クルードなプレカーサーを多めに摂って体に任せることが栄養医学の奥義なのです。

 

 

「すぐれた師のそばで働くという特権は、そうざらに授かるものではない」

アレキサンダー・フレミング