2010年9月1日

食事療法の嘘?本当?
-高血圧と塩分制限-
塩梅(あんばい)と適糖


今年の夏は猛暑で熱中症になった方も多数いらっしゃいました。熱中症対策として「水分」のほかに「塩分の摂取」が報道されていましたね。汗をかくと塩分だけでなくカリウム、カルシウム、マグネシウムといったミネラルも同時に失われるので補給に心がけましょう。気温が下がったのに夏バテが治らなかったり、「体のだるさ、こむらがえり、むくみや下痢」などがある場合にはミネラルバランスを見直してみましょう。
さて、今回は血圧と塩分制限の話です。歴史的に漬物や塩蔵の保存食品摂取が多かった日本では「高血圧には減塩」の指導が今でも続いています。様々な検証の結果「塩分制限が血圧を下げる効果は少ない」という結論になりそうです。高血圧のうち塩分の排泄が悪いために血圧が上昇しているのは30%程度(報告により幅あり)と言われています。それ以外の人たちは極端な減塩(12g)をしてもほとんど血圧が下がらないのが実情のようです。
体内のナトリウム量が変わると血液中のナトリウム濃度は変わらず体液量が変わります。腎臓でのナトリウムの再吸収・排泄をコントロールしているのは主にレニンアンギオテンシンアルドステロン系という調節機構です。メタボリック症候群ではインスリンの過剰分泌によりナトリウムの再吸収が増え、脂肪細胞から出るサイトカインによりレニンアンギオテンシンアルドステロン系が亢進していることがわかっています。ですからメタボリック症候群の高血圧は減塩よりも「内臓脂肪を減らす治療」が先決になります。メタボリック症候群の原因であるインスリンの過剰分泌は「糖質制限食」により比較的速やかに改善します。体重が減少し血液検査の値が改善するころには血圧も徐々に下がって来ます。
血圧を乱すその他の要因は交感神経の興奮カルシウムやマグネシウムなどのミネラルバランスです。カリウムやカルシウムを正常化することで血圧が正常になることもあります。カリウム、カルシウム、マグネシウムが欠乏する原因は摂取不足に加えてストレスと食後の高血糖です。気温の変化や精神的なストレスがかかった時にはカルシウムとマグネシウムの尿中への排泄量が増えることが実験で確かめられています。また血糖値が上昇すると尿の浸透圧が上がりカリウム、カルシウム、マグネシウムの再吸収が減るために尿中へのミネラル排泄量が増えます。糖尿病ではなくても1日に何回も血糖値が上昇しているような方は注意が必要です。
交感神経が緊張すると脈拍と血圧が上がりますが、血糖値の急激な降下や低血糖は交感神経を緊張させます。特に夜中の交感神経の緊張は血圧のバイオリズムを乱し動脈硬化や心筋梗塞・脳卒中の危険性を増やします。
食欲が落ちた時は「減塩食」にこだわらず味付けをちょっと濃くしておいしく自然の恵みをいただきましょう。何事も「よい塩梅(あんばい)」と「適糖(適切な糖分)」がよいようです。

ビタミンB群④
-核酸とビタミンB群-

 前回までにビタミンB群はエネルギー産生、たんぱく合成に、神経の働きに重要という話をしてきました。「ビタミンB群は何となく疲れによいのでは」と漠然と思っていた方もちょっと納得していただけたのではないかと思っています。
今回は、ビタミンB群は生命にとってこんな重要な働きももっていますよ! という話です。核酸をご存知ですか? 生物においてすべての情報は遺伝子(DNAの中に入っています。どんな生物になるべきか、どんな細胞になるべきか、どんな物質を作るべきかすべては遺伝子が決めています。たんぱく質の合成は遺伝子情報をRNAが読み取ってたんぱく合成工場に運ぶことで行われています。核酸はDNARNAなどの総称です。
赤ちゃんや成長期の子供はもちろんのこと、大人になっても細胞の分裂は続いています。特に分裂が活発なのは腸の上皮細胞と免疫担当細胞(白血球)などです。核酸の供給が断たれると真っ先に元気がなくなるのはこの二つ! つまり栄養吸収能力と抵抗力が落ちてしまいます。いろいろと持病を持っていた方が最後は感染症で亡くなることが多いのもこのことに無関係ではありません。
核酸は重要な物質なので、多くはリサイクルされています。一部は肝臓で新しく合成されます。このリサイクルと合成の時は、グルタミン、アスパラギン酸などのアミノ酸と葉酸を材料とし、補酵素としてナイアシン、ビタミンB6、ビタミンB12を使用します。
お酒飲みの方が血液検査をするとMCV(赤血球の大きさの指標)が大きくなっていることが多いです。これはビタミンB12、葉酸が欠乏している危険サイン! つまり赤血球や白血球を分裂させる力が落ちていると言うことです。胃の粘膜が委縮した方やピロリ菌感染をしている方もビタミンB12や葉酸の吸収が低下してMCVが大きくなります。(ただし鉄欠乏がある方はMCVが小さくなってわかりにくいことがあります)。
また、葉酸やビタミンB6B12が不足すると代謝が滞りホモシステインという物質がたまりますが、ホモシステインは動脈硬化や血栓症の危険因子として知られています。
ビタミンB群は若返りの秘策でもあったんですね。以前もお話しした通り、ビタミンB群は8種類全部が同じように必要です。またたんぱく質、その他のビタミン、ミネラルも一緒に摂ってくださいね。

至適量の見つけ方
-Dose-Response Curve-


前回は、栄養療法と血液検査の関係についてご説明しました。今回は栄養療法をすでに始めている方に向けてのお話です。
勢い込んで栄養療法を始めたものの思うような症状の改善が得られない、数値も改善しないという時に私たちの関係は一つの重大な局面を迎えます。「効果が出るまでサプリメントを増やしましょう」と言った時について来られない人が必ず出てしまいます。栄養療法の特性をきちんと理解していただくことが重要です。
「一般的に薬や栄養素の効果は量に比例しない」ことが大変多いです。下の量反応曲線(Dose-Response Curve)を見てください。横軸が飲んだ量(血液中の濃度)縦軸が効果を表しています。しかも横軸は対数表示であることが多く、23倍ではなく10倍~100倍といった増え方を表しています。あるところで急に効果が大きくなることがわかるでしょう?そしてある濃度以上になると効果はほぼ一定になります。このように反応曲線がS字状になる薬や栄養素では効果が出る濃度を実現することが大変重要です(これを栄養医学では至適量と呼んでいます)。
ですから効果がなかった時に自分はこの図のどの位置にいるのだろうか、遙かに少ないのか効果の出る量の直前にいるのか想像力を働かせてみてください。
残念ながら、一人一人の至適量をあらかじめ推定することが出来ません。「やってみて初めてわかる」ものです。これは前々回に述べたように遺伝的な体質差があるためです。
栄養療法のもう一つの特性は安全域が広いということです。Dose-Response Curveの右図を見て下さい。効果を青、副作用を赤線で示しています。青と赤の幅は安全域を示しており広いほど量の許容範囲が広くなります。薬では安全域が狭いので1日量上限がきちんと決められています。薬と違い栄養素では安全域がたいへん広いので「多めに服用」しても心配はいりません。
効果的な服用には血液検査によるフィードバックが必要です。自分の至適量を見極めるためには2回目以降の検査が大変重要です。1回の診断で終わらせずに必ず定期的に検査を受けて下さい。

「医学とは患者とともにはじまり、患者と共に在り、そして患者とともに終る」
ウィリアム・オスラー