2024年7月1日

水素の原理と治療への応用

 

水素が体に良いと聞いたことがあるかもしれませんが、いったい水素は何をしているのかご存知ですか。


 電子を失うことを酸化、電子を得ることを還元と呼びます。これは生命活動における化学反応の中でも最も基本的な反応です。水素原子が結びつく反応は還元です。水素原子自体はそれほど反応性が強くないため、相手の反応性が強い場合にのみ反応します。例えば、悪玉活性酸素と言われるヒドロキシラジカルは反応性が強いため、より結びつきやすく、無毒化するといった具合です。弱い活性酸素相手にはあまり反応ません。単独では反応性がほとんどないため水素治療は極めて副作用の少ない安全な治療と考えてよいでしょう。


 水素が効果を発揮するためには、効かせたい場所に十分量の水素が存在することが大切です。関節の炎症なら関節内に、肺の活性酸素の除去なら肺に、血管内の活性酸素がターゲットであれば血管内の水素量が十分量になることが大切です。そのために、水素の様々な投与法が開発されています。生理食塩水に水素を充填して、血中または関節内に注入する方法や水素ガスを発生させて吸入する方法、水素を充填したお風呂に入浴する水素風呂、腸内で水素を発生させ腸から吸収させる水素カプセルなどです。選ぶ際には、自分のライフスタイルに合っているのか、目的の場所にどのくらい到達するのか、発生量は十分かなどを検討するとよいでしょう。腸内で発生する水素がどの程度体内に吸収されるかは、消化管内の状態や腸内細菌によっても左右されます。お腹がガスで張りやすい人には向かないかもしれません。それぞれの特徴をよく理解して自分にあったものを選びましょう。


 また、開始後の効果についても何らかの評価をしていくことが大切だと考えています。大学病院や研究機関では水素の効果を科学的に検証しようとする臨床研究が現在進行形で行われています。水素を利用している個々人においても、痛みや皮膚の赤みなど具体的な症状の改善や酸化ストレスマーカーなどによってきちんと評価していく仕組みの構築が大切だと考えます。

新型コロナ感染症と迷走神経障害

 

新型コロナの後遺症long COVID)では、実に多彩な症状が出現します。ウイルスが消えても症状が続くことや、感染の初期にはなかった症状が後から出現することから、ウイルスが直接臓器を障害すると考えただけでは説明できない事象がたくさんあります。通常行われる検査では異常が出ないことも多く診断を難しくしています。例えば、画像上肺の障害がほとんどないのに息切れがひどかったり、声の出方が変わってしまったり、咳が長引いたり、横になると逆流症状がひどかったり、飲み込みにくかったりといった具合です。立ち上がると動悸がしたり、めまいがひどくて立っていられなかったりして、日常生活がままならないという人もいます。倦怠感、頭の働きが悪い(ブレインフォグ)ことなどから人生が変わってしまった方も多数いらっしゃいます。


新型コロナの後遺症の原因として、免疫系の異常や炎症の遷延、ミトコンドリアの機能不全などの仮説がたてられ研究が行われています。脳の慢性炎症を示唆する論文もあり、脳血液関門の破壊、神経間シナプスの減少、神経を栄養する細胞の異常などが報告されています。迷走神経の障害が何らか関与しているという発表もあります。ある研究チームが後遺症患者を対象に超音波検査をしたところ、首から胸部に伸びる迷走神経の全体に著しい肥厚が見られたというのです。また、不幸にも亡くなった方の迷走神経を調べると炎症細胞の浸潤を認めたという論文もあります。迷走神経は広範な領域を支配する脳神経ですので、迷走神経の機能低下が様々な症状の原因となるという考え方は説得力があります。


迷走神経の障害が本当に症状の原因なのか、どのような方法で回復し、回復までどのくらいかかるのかなどまだまだ分かっていないことばかりです。それでも、迷走神経に対するアプローチで助かる人がいれば、今後の後遺症治療の光明になると考えます。

 

迷走神経の働き

迷走神経は脳から直接出る神経(脳神経)のうち、最も長く複雑な走行をしている神経です。耳や喉、肺、心臓、消化管、肝臓、脾臓、腎臓と実に広範囲に分布しています。脳からの指令を伝える運動繊維と末梢からの感覚を伝える知覚繊維の両方が含まれます。

喉に分布している運動繊維は、喉頭や咽頭、声帯などの動きをつかさどるため、嚥下や咳、嘔吐などの反射、発声などに関わります。横隔膜の動きや呼吸速度を支配するため、迷走神経の働きが弱まると呼吸が浅くなったり呼吸数が少なくなったりします。迷走神経が過度に刺激されると心拍数や血圧が低下し失神などを引き起こすことがあります。

ストレス時に消化管機能が低下することはよく知られていますが、その多くが迷走神経を介したものです。胃酸や消化液、胆汁の分泌、消化管ホルモンの分泌、蠕動運動、排便などは食物刺激や脳の指令が迷走神経を伝わり調節が行われます。肝臓や脾臓、腎臓など、一見動きを伴わない臓器にも迷走神経は分布していて、グリコーゲンの合成促進など代謝に関わっています。

ストレスがかかると、消化管の動きが悪くなったり腸内細菌叢が悪化したりします。有害な腸内細菌が肝臓に進入すると、防衛の最前線で働くKupffer細胞から出るインターロイキン1が迷走神経を刺激し、痛覚過敏を起こすなどさらなる悪循環を引き起こします。脾臓に向かっている迷走神経の運動神経からは、例外的にアドレナリンが分泌され炎症反応を抑制する役割を担っています。このように迷走神経には炎症や免疫機能とも深いかかわりがあります。

迷走神経の神経線維の8割を占めるのが、求心性線維すなわち身体の様々な情報を伝える知覚神経です。耳介や外耳道、鼓膜の皮膚の知覚、喉頭、気管、食道、腹部内臓の感覚情報、味覚や酸素分圧、心房内の圧などが、迷走神経を介して伝えられています。迷走神経の情報は脳幹部に入り、さらに中脳、視床下部、扁桃体、海馬、前頭葉などに伝えられます。迷走神経は脳活動と連携し情動形成に関わることが報告されています。

このように体にも心にも大きな影響がある迷走神経ですので、迷走神経を刺激し正常に機能させることによって症状を改善しようという取り組みが行われています。鍼灸やマッサージ、呼吸法、瞑想、ヨガ、手足の寒冷刺激なども迷走神経に働きかける手段の一つです。最近では直接的に電気や光、振動などで物理的に迷走神経を刺激する装置も開発されています。迷走神経を整えて今より生活の質を向上させましょう。