2024年7月1日

迷走神経の働き

迷走神経は脳から直接出る神経(脳神経)のうち、最も長く複雑な走行をしている神経です。耳や喉、肺、心臓、消化管、肝臓、脾臓、腎臓と実に広範囲に分布しています。脳からの指令を伝える運動繊維と末梢からの感覚を伝える知覚繊維の両方が含まれます。

喉に分布している運動繊維は、喉頭や咽頭、声帯などの動きをつかさどるため、嚥下や咳、嘔吐などの反射、発声などに関わります。横隔膜の動きや呼吸速度を支配するため、迷走神経の働きが弱まると呼吸が浅くなったり呼吸数が少なくなったりします。迷走神経が過度に刺激されると心拍数や血圧が低下し失神などを引き起こすことがあります。

ストレス時に消化管機能が低下することはよく知られていますが、その多くが迷走神経を介したものです。胃酸や消化液、胆汁の分泌、消化管ホルモンの分泌、蠕動運動、排便などは食物刺激や脳の指令が迷走神経を伝わり調節が行われます。肝臓や脾臓、腎臓など、一見動きを伴わない臓器にも迷走神経は分布していて、グリコーゲンの合成促進など代謝に関わっています。

ストレスがかかると、消化管の動きが悪くなったり腸内細菌叢が悪化したりします。有害な腸内細菌が肝臓に進入すると、防衛の最前線で働くKupffer細胞から出るインターロイキン1が迷走神経を刺激し、痛覚過敏を起こすなどさらなる悪循環を引き起こします。脾臓に向かっている迷走神経の運動神経からは、例外的にアドレナリンが分泌され炎症反応を抑制する役割を担っています。このように迷走神経には炎症や免疫機能とも深いかかわりがあります。

迷走神経の神経線維の8割を占めるのが、求心性線維すなわち身体の様々な情報を伝える知覚神経です。耳介や外耳道、鼓膜の皮膚の知覚、喉頭、気管、食道、腹部内臓の感覚情報、味覚や酸素分圧、心房内の圧などが、迷走神経を介して伝えられています。迷走神経の情報は脳幹部に入り、さらに中脳、視床下部、扁桃体、海馬、前頭葉などに伝えられます。迷走神経は脳活動と連携し情動形成に関わることが報告されています。

このように体にも心にも大きな影響がある迷走神経ですので、迷走神経を刺激し正常に機能させることによって症状を改善しようという取り組みが行われています。鍼灸やマッサージ、呼吸法、瞑想、ヨガ、手足の寒冷刺激なども迷走神経に働きかける手段の一つです。最近では直接的に電気や光、振動などで物理的に迷走神経を刺激する装置も開発されています。迷走神経を整えて今より生活の質を向上させましょう。